大島渚という巨大な地殻変動が、1960年という戦後日本の決定的な曲がり角において叩きつけた暴力的で血なまぐさい咆哮、それが『太陽の墓場』である。この映画は単なるスクリーンの上の影絵ではない。我々の網膜を破壊し、肉体を切り裂き、血汐の饐えた臭いを脳髄に直接流し込んでくる過激な物質的体験に他ならない。松竹ヌーヴェルヴァーグという過飾のレッテルをはるかに脱ぎ捨て、大島が大阪・釜ヶ崎という荒廃の極点にカメラを持ち込んだとき、日本映画の歴史はその骨組みから砕け散ったのである。
1960年、東京では安保闘争の政治的熱狂が吹き荒れ、政治的幻想と理念の旗じるしが若者たちの頭上を乱舞していた。しかし、大島渚はその眼差しを全共闘運動の眩惑から切り離し、都市の排泄物と腐臭が渦巻く最底辺の泥沼へと突き立てた。釜ヶ崎。そこは国家という共同体の皮膚が破れて膿を噴き出している生々しい傷口である。近代化の偽善的進歩主義が築き上げた陽のあたる高層ビル群の影で、生きてあることの汚物と欲望が剥き出しで蠢く場所。ここで流れる血は、観念的な革命のシンボルでもなければ、悲劇的な殉教のしるしでもない。それは文字通り、生体から抜き取られ、密売され、金銭へと換金される純粋な「物質としての血」なのだ。
主演の炎加世子が演じる花子という女の存在感をどう表現すればよいだろう。彼女の全身から発せられる野卑で鋭利な美しさは、当時の清純派女優たちの虚飾を一切泥に塗れさせて嘲笑する。花子は被害者ではない。過酷な現実を被る傷つきやすい乙女などではなく、この地獄の生態系において自らが最も貪欲な掠奪者として立ち現れる野獣である。彼女は売春を斡旋し、貧民たちの血を買い叩き、戸籍を売買し、暴力と性を自らの存続の糧として冷酷に喰らい尽くす。津川雅彦が演じるドヤ街の若者・信との間に流れる磁気は、愛などという生ぬるい情感では絶対に捉えきれない。それは、互いの肉体を凶器としてぶつけ合い、相手の肉を削ぎ落とすことでしか己の生を実感できない、あまりにも苛烈な生存運動である。
大島渚のカメラワークは、この暴動の渦中において驚くほど冷徹でありながら、同時に異様な熱量を孕んで疾走する。松竹スコープのワイド画面に横たわるのは、バラックの群れ、錆びついたトタン屋根、濁ったドブ川、そしてドヤ街の底辺で呻く人間どもの蠢きである。構図の至る所に、不気味で過熟した巨星のように「赤」が焼き付けられている。太陽。その赤は、命を育む恵みの光などでは断じてない。それはすべてを灼熱の炎で焼き尽くし、乾からびさせ、腐敗を加速させる呪われた天体だ。この画面を支配する強烈なコントラストと色彩の暴力は、スクリーンを越えて観客の眼球に直接熱傷を負わせる。
映画の中で執拗に描かれる「売血」のプロットは、本作の最も恐ろしい核心を突いている。血を売る男たち。彼らは自分の存在の最後の根拠である生命維持装置そのものを管で吸い上げられ、数十円の札束に換えて酒とドラッグと娼婦の肉へと散殺していく。貧困ゆえに搾取される哀れな人々という人道的憐憫を、大島渚は微塵も抱かない。むしろ大島は、自らの命の切り売りを当然のように受け入れ、他者の血を吸い上げて生き伸びようとするこの街の住民たちの過剰なエネルギーに、近代社会の虚構を破壊する恐ろしい「暴力的な生」の原動力を爆発させるのだ。
戦後日本の経済成長という名の詐術は、この釜ヶ崎の土台の上に成立していた。敗戦の灰燼から立ち上がり、日米安保条約の傘の下で急激な工業化へとひた走る国家。しかし、その繁栄の裏側で切り捨てられ、踏みつけられ、歴史の暗渠へと押し込められた人々の屍が、ここでは生きたまま腐乱している。大島渚が描くのは、戦争が終わってもなお終わらない「内部の戦場」である。彼らにとって祖国などという共同体はすでに死滅しており、存在するものはただ「生き延びるか、倒れて腐るか」という冷酷な二者択一しかない。
浜村淳演じる元衛生兵の男がドヤ街を徘徊し、狂気と過去の傷痕を抱えながら血を吸い上げる注射針を握り締める姿は、戦後日本がひた隠しにしてきた戦争の亡霊そのものである。彼は過去の戦場での過ちと狂気を、釜ヶ崎の闇の血の取引の中に再現し続ける。戦争は終わっていないのだ。戦場は単にビル街の足元、このヘドロの泥沼へと場所を変えたに過ぎない。軍国主義の幽霊と、戦後民主主義の虚飾と、無政府状態の欲望がごった煮となり、どろどろに溶け合って発酵するこの街の光景は、もはや喜劇的ですらある。
画面の中で突如として巻き起こる暴動、格闘、抗争、刺殺の連鎖。アクションの振り付けは整然とした殺陣などではなく、肉と肉がぶつかり合い、爪を立て、泥にまみれて転がり回る見苦しくも圧倒的な生身の衝突である。大島渚の編集は、感情の余韻を断ち切るように凶暴にカットを割り、観客が安易な共感や情緒に浸ることを徹底して拒絶する。カメラは彼らの絶望を慰めるためにあるのではなく、彼らの存在の凶暴な質量を記録し、スクリーンへと殴りつけるために存在するのだ。
『太陽の墓場』において最も戦慄すべきは、そこに「救済」の二文字が完璧に欠落している点である。いかなる神も、いかなる政治思想も、いかなる人間的な愛も、この地獄の底には届かない。革命を叫ぶアジテーターは単なる滑稽な道化として嘲笑され、理想主義的な若者は暴力の濁流にあっけなく呑み込まれて殺戮される。ここにあるのは純粋な虚無、絶対的なニヒリズムの嵐である。しかし、その虚無は決して冷たい冷笑ではない。それは余りの熱量によってすべてを焼き尽くした後に残る、灼熱の虚無なのだ。
花子が画面のラストにおいて見せるあの圧倒的な眼差しを見よ。すべての関係性が崩壊し、仲間たちが倒れ、街が炎と泥に呑み込まれていく中で、彼女はなおも立ち上がり、生きることへの貪欲な執着を失わない。彼女の姿は、倫理や道徳という人間社会の建造物が崩れ去った後に最後に残る、人間の原生的な生命力そのもののカリカチュアである。彼女は悲劇のヒロインではない。地獄の火の粉を浴びながら、次の獲物を求めて泥野を走り出す狂暴な女神なのだ。
太陽が沈むのではない。太陽そのものが死に、墓場へと投げ込まれるのだ。かつて皇国の象徴であり、戦後は復興と希望のシンボルとされた「太陽」は、大島渚の手によってその栄光を剥ぎ取られ、血と泥で塗られた最底辺の泥沼へと叩き落とされる。その墓場から立ち上る臭気こそが、戦後日本という国家の本当の体臭であった。
大島渚は『太陽の墓場』というフィルムによって、同時代の映画界全体に不意打ちの砲撃を加えた。小津安二郎が描いた調和と静謐の家族像、黒澤明が探求した人道主義的正義、それら日本映画の金字塔たちが築き上げた「美しい日本」のイメージは、釜ヶ崎のドブ川にぶちまけられた血塗られた内臓の山によって完膚なまでに破壊された。この映画以降、日本映画は二度と以前と同じピュアな顔をしてスクリーンに佇むことはできなくなったのである。
何という怒り、何というエネルギー、何という圧倒的な暴力!大島渚のカメラは、被写体を愛することによってではなく、被写体を徹底的に告発し、切り裂き、その臓物を取り出すことによってしか表現し得ない「真実」へと到達した。1960年の夏、大阪の貧民街で回されたこのフィルムの粒子ひとつひとつには、高度経済成長へと雪崩込んでいく国家に対する大島渚の底知れぬ呪詛と、それでもなお泥の中から生を掴み取ろうとする人間どもへの悪魔的な祝福が充満している。
『太陽の墓場』は終わらない。画面が暗転し、終劇の文字が浮かび上がった後も、我々の耳底にはあの街のうめき声と、骨が砕ける音と、命の血が絶え間なく流れていく不気味な音が響き続けている。それは戦後日本が現在進行形で隠蔽し続けている巨大な暗部であり、我々が「豊かさ」という安眠をむさぼるたびに、足元から地鳴りのように響いてくる地獄の狂騒曲なのだ。大島渚がスクリーンに焼き付けたあの腐敗した太陽の光は、いまもなお我々の欺瞞を容赦なく照らし出し、灼熱の灼傷を負わせ続けている。映画とは何か、表現とは何か、生とは何か。その問いに対する最も野蛮で、最も美しく、最も凄惨な答えが、この『太陽の墓場』という爆発物の中に永遠に閉じ込められているのだ。
>