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横浜市(よこはまし)は、神奈川県東部に位置する市。神奈川県の県庁所在地および日本で人口が最多の市で、政令指定都市である。日本屈指の港湾都市・商工業都市でもある[1]。
東京大都市圏(首都圏)に属する。市の人口は約377.2万人で全国の市区町村としては最多の人口である。市域の過半は旧武蔵国(旧久良岐郡、橘樹郡、都筑郡)で、南西部は旧相模国鎌倉郡(戸塚区、泉区、栄区、瀬谷区[注釈 2]の全域と港南区、南区、金沢区の一部)。
概要
横浜市は東京都心から南南西に約30 kmから40 km圏内にある。東京湾に面し、日米修好通商条約により1859年(安政6年)に開港した横浜港を有する港湾工業都市である。神奈川県のみならず日本最大の基礎自治体である。
横浜市の都市機能は中区と西区に集積しており、行政の中心地は横浜開港以来の中心地域である関内地区(中区の関内駅周辺及び桜木町駅周辺)[注釈 3]で、横浜市最大の商業地は相模鉄道(相鉄)による再開発で発展した横浜駅西口を中心とする横浜駅周辺地域(西区南幸・北幸・高島一帯)であり、横浜駅からみなとみらい・北仲通にかけての海岸沿いには超高層ビル群を形成している。太平洋戦争前までは関内地区に隣接する関外地区(伊勢佐木町周辺)が横浜市最大の商業地・繁華街であった。しかし連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)による接収解除が1961年まで遅れたため、1970年ごろには再開発が進んだ横浜駅周辺地域にその座を奪われた。新都心「横浜みなとみらい21」エリアは中区と西区にまたがっており、行政の中心である関内地区と商業・交通の中心である横浜駅周辺という2つの中心地(ツインコア)を統合する役割で、横浜港の再整備と都市再開発により作られた。
横浜市では都市再開発が進められており、横浜市内の各地区の結び付きを強化する計画が進行中である。経済活動の中心地であり、繁華街の横浜駅周辺地域は、横浜市政の中心地である関内地区から北北西に約 3 kmの所にあり、両地域間は事実上分断されており、横浜市政は両地区の中間に位置する横浜みなとみらい21地区(桜木町駅周辺)の開発を進めて、横浜都心の一体的発展を進めている。また、横浜都心臨海部(インナーハーバー[2])に位置する東神奈川臨海部周辺(東神奈川駅周辺及び山内埠頭周辺)地区[3]、横浜駅周辺地区、みなとみらい地区、関内、関外地区、山下埠頭周辺地区では長期的な都市の再生計画が進行中で、これらの五地区を連節バスやLRT(次世代型路面電車システム)で結ぶ案も検討されている[4][5]。
横浜市域は広大であり、横浜市政が指定する都心(ツインコア)は、横浜都心(関内・関外地区、横浜みなとみらい21 (MM21) 地区、横浜駅周辺地区[6])[7] と新横浜都心(城郷地区(小机駅周辺地区)、羽沢地区(羽沢横浜国大駅周辺地区)、新羽地区(新羽、北新横浜駅周辺地区)、新横浜地区(新横浜駅周辺地区))[8] である。また、主要な生活拠点(旧:副都心)としては、鶴見駅周辺、港北NT(港北ニュータウン)センター、二俣川駅・鶴ヶ峰駅周辺、戸塚駅周辺、上大岡駅周辺が指定されている[9][10]。港北NTセンターを除く各地区は、JR東海道線、横浜線、京急本線、相鉄本線の鉄道駅を中心として古くから発展してきた街である。特に、新橋駅(後の汐留駅) - 横浜駅(現在の桜木町駅)間を結ぶ東海道本線は日本最古の鉄道路線である。港北NTセンターは、1965年に策定された横浜市六大事業の一つとして、当時の港北区(当時)に計画的に開発された街である。都心(ツインコア)と各主要な生活拠点(旧:副都心)間は、横浜市営地下鉄のブルーラインおよびグリーンライン(横浜環状鉄道)[11]、横浜環状道路を中核とした自動車専用道路によって[12]、計画的に結ばれる予定となっている。
観光地としても人気があり、横浜中華街や山下公園、元町などがある関内地区を筆頭に、横浜みなとみらい21地区や山手地区などが有名である。また、人工海浜の海水浴場を併設する海の公園や、八景島シーパラダイスという水族館もあり、古くからの観光地としては三溪園などがある。食の名物は洋食、横浜中華街の中華料理、崎陽軒のシウマイ弁当、発祥の地であるすき焼き、ナポリタンスパゲッティ、タンメン、横浜家系ラーメン、サンマーメンなどがある。
市内北東部の鶴見区・神奈川区・中区・磯子区・金沢区などのの臨海部を中心に、隣接する川崎市や東京都大田区などとともに京浜工業地帯の一角を成しており、多数の重化学工業の工場や大小様々な事業所が立地している工業都市でもある。2017年度の工業品出荷額では豊田市、川崎市に次いで全国3位である[13]。近年では日産自動車やいすゞ自動車本社の本社移転、部品メーカーの本社・研究開発施設(R&D)といった自動車関連企業の集積が進んでおり、自動車産業都市という新たな側面も持つ[14]。
2010年代以降、首都直下型地震発生の危険性が高まっている。2020年には、今後30年間で震度6弱以上の揺れに見舞われる確率が38%と算出されている[15]。
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