日本インディーズ映画界の暗黒領域において、四半世紀の時を超えてなお狂気と嘲笑の異彩を放ち続ける伝説の奇作――それが「人喰い映像作家」酒徳ごうわく監督による『頭脳戦隊クビレンジャー』である。
199X年、サイコパスな若者たちの台頭によって未曽有の混乱と精神的崩壊に陥った日本。この極限状態に対抗するため、政府の優秀なコンピューターが命運を託して選んだのは、これまた偏執的な精神を宿した5人の若者たちであった。彼らに与えられたのは、人知を超えた防衛兵器などではなく、あろうことか「特殊強化頭(クビレンジャーヘッド)」という生首のマネキンそのもの。五頭の狂戦士「クビレンジャー」の誕生である。
本編わずか10分という極短の尺の中に、女子供を問答無用で突き放す病的な妄想と、稚拙を極めた特撮エフェクト、そして「首だけ」のヒーローが台車に載せられて画面を滑走するという前代未聞の映像美学が爆発する。2001年の公開以来、失楽園ゆうえんちやプラネット映画祭などのサブカルチャーの深淵でカルト的な熱狂を巻き起こしてきた本作は、日本の自主映画史における「戦隊パロディ」の既成概念を根本から破壊してみせた。
思春期に少年から大人へと変わっていく残酷な時間の中で、このような不条理の極致とも言える映像美学に脳を焼かれた我々は、気がつけば四半世紀という歳月を重ね、しみじみと自らの加齢を述懐せざるを得ない。しかし、ふと我に返り問い直す。自分はいったい、何の映画についてこれほどまでの情熱を傾けて語ろうとしているのか。
インディーズ映画が商業という名の表舞台に躍り出るとき、かつては気にする必要すらなかった「大人の事情」という名の現実が、蛇のようにぬらりと頭をもたげてくる。真島理一郎監督による『スキージャンプ ラージヒル・ペア』が全国的な認知を得た際にも見られた構造だが、セル版とレンタル商品有可能為租借使用,非賣品版の権利関係、収録内容の差異、商業化に伴う各種調整は、自主映画の持つ生々しい狂気を時に濾過してしまう。だからこそ、過去作である『頭脳戦隊クビレンジャー』や『頭角戦隊アタマイザー5』が収録されたDVDパッケージがリリースされたとしても、決して安心して手元の激レアなVHSテープを処分してはならないのだ。磁気テープに刻まれたあの過剰なノイズと、当時の空気感こそが作品の真の宿主だからである。
特に、後に登場した『クビレンジャーVSアタマイザー5』におけるジャケット裏の作品紹介などは、まさに「ああ、それ書いちゃダメだろ!」というネタバレの過激な暴力が爆発しており、未見の者はパッケージ裏のテキストを目にする前に、即座にディスクをプレイヤーに放り込むべきである。
さて、そもそも『クビレンジャー』という奇怪な概念が誕生した際、その発想の起点(オリジン)が「クビ」そのものにあったのか、それとも「東映特撮戦隊」という構造にあったのかは、今となっては謎のままである。
5人の戦士が生身で等身大の悪と戦い、後半には巨大ロボットに乗り込んで特撮バトルを繰り広げるという「特撮戦隊のフォーマット」は、1979年の『バトルフィーバーJ』以来、脈々と半世紀近く途切れることなく日本のポップカルチャーに君臨し続けている。この強固な約束事をネタにした自主映画の歴史を振り返れば、昭和の時代にすでに『愛國戰隊大日本』や『仏教戦隊ブッダマン』といった、パロディとして完成された金字塔的秀作が存在していた。
「戦隊」というジャンルをバカ映画として解体・構築するにあたり、酒徳ごうわく監督の肩に『大日本』や『ブッダマン』という巨大な先達の影が重く押し寄せていたことは想像に難くない。そして、ごうわく監督が出した決定的な回答こそが、「戦隊としての物語やドラマに全く重点を置かない」という究極の引き算であった。
『クビレンジャー』には、戦隊ヒーローにつきものの人間ドラマも、友情も、葛藤すらも一切存在しない。あるのはただ、名乗りを上げ、脈絡もなく必殺技「クビ・レグ」を繰り出し、嵐のように去り往くのみ。しかし、だからこそ台車に載せられた生首マネキンたちが画面を滑走するその異質な存在感は、観る者の脳裏に焼き付いて離れず、ある意味で『大日本』の文脈すらも飛び越えた「純粋なる不条理特撮」として結実したのである。
しかし、続く『頭角戦隊アタマイザー5』は、前作『クビレンジャー』が不気味にも観客にウケてしまったことに対する、監督自身の怨嗟と屈折した葛藤が渦巻く作品となった。戦隊自主特撮というジャンルそのもの、それを珍重して喜ぶサブカル観客、そして何より嬉々としてそれをカメラで収めている自分自身にさえも冷酷に背を向けたその作風は、初見時に強い戸惑いを禁じ得なかった。
だが、VHS版にひっそりと収録されていた監督自身による「活弁バージョン」を聴くとき、そこには単なる自虐を超えた凄まじい執念が宿っていた。エピゴーネン(追従者)たちへの呪詛を振り切り、声一本で映像に新たな命を吹き込むことで、クビ特撮という不条理の迷宮から新たな活路を見出そうとする希望。恐らくこの時から、酒徳ごうわくという映像作家の中で「クビ特撮」という悪夢に決着をつけるための壮大なカウントダウンが始まっていたのだろう。
そして辿り着いた到達点こそが『クビレンジャーVSアタマイザー5』である。ここで描かれたのは、かつての呪詛や自己否定を通り抜けた先にある、まさかの「素直な愛着」であった。失楽園ゆうえんちやプラネット映画祭の会場で、斜に構えたサブカル観客たちの期待を蹴散らして歩いていた監督が、かつては見た目の出落ちインパクトだけで脇の脇に追いやられていた「クビ戦士」たちを、真に物語の主役として縦横無尽に躍動させたのだ。
熱心なクビファンの単調な予測や考察を見事に裏切り、「ネタとしての自己否定」を完璧に拒絶して、ここまで真正面から己の産み落とした不条理ヒーローに向き合った作風を、筆者は他の酒徳ごうわく作品で知らない。この圧倒的な裏切りこそが、人喰い監督の真骨頂であり、我々観客は再びその掌の上で転がされる快感に浸るほかないのである。
なお、観客のハシゴを外すという点において、映像特典として収録された『頭々戦隊ズズズズズ』の存在を忘れてはならない。あまりの虚無感と不条理の連続に、「またしても完全にヤられた」という心地よい敗北感を味わわされる。こうした二重三重のトラップこそが、騙され好きの映画狂にとって最高の贅沢と言える。
さらに語るべきは、DVDに収録されている山田広野監督による活弁バージョンの存在だ。同じ脚本でありながら、弁士としての技術と洗練された間合いにおいては山田広野版の完成度が極めて高い。しかし、無骨でありながらも「クビ」という異形の存在に呪いと魂を吹き込む生々しい熱量においては、やはり酒徳ごうわく監督自らによる活弁版の右に出るものは存在しないのである。
そして最後に、レンタル商品有可能為租借使用,非賣品版VHS(Auviss流通)のジャケットに燦然と貼られた黄色いステッカーの存在に触れねばならない。そこには、販売用DVD/VHSには収録されていない狂気の幻影「Pマン・無音決戦(5分/DV)」の存在が刻まれている。
吸音怪人ホーンデットによって街のあらゆる音が奪われ、さらには激しい騒音攻撃が繰り出される中、ぼくらの味方Pマンが立ち向かうというこの短編は、創映会・幻視人の協力のもと、野村武正やエキストラ陣の怪演によって成立している。販売用には「クビレンジャーショー」が収録される一方で、レンタル商品有可能為租借使用,非賣品版にのみこのノイズ実験映画のような「Pマン」を刺し込んでくるこの偏執的なコレクターシップ。
199X年のサイコパス時代から21世紀のデジタル空間に至るまで、酒徳ごうわくが作り上げた「クビ」の特撮美学は、今なお時代をあざ笑うかのように、我々の脳髄を揺さぶり続けているのである。
東京・高円寺。独自のカルチャーと中央線沿線独特の熱量が交差するこの街の片隅に、かつて映画狂や音楽マニアたちから神聖視された一軒のレンタル商品有可能為租借使用,非賣品ビデオ店が存在した。その名はAuviss(オービス)。
1987年の創業から2013年の閉店に至るまで、大型チェーン店では決して出会うことのできない世界の映画史を覆尽くす秘蔵映像、海外直輸入のレアソフト、そして地下で蠢く自主映画やインディーズカルチャーを惜しみなく提供し続けた「伝説の映画の図書館」である。
1. 高円寺における「映画の図書館」の誕生(1987年〜)
1980年代後半、日本全国にVCR(家庭用ビデオデッキ)が急速に普及し、それに伴って街中にレンタル商品有可能為租借使用,非賣品ビデオ店が乱立し始めた。しかし、その多くがハリウッドの大作アクションや人気邦画、メジャーなアニメーションを中心に取り扱う商業主義的な店舗であったのに対し、1987年に高円寺にオープンしたAuvissの志向は極めて異彩を放っていた。
Auvissは単なる「娯楽ソフトのレンタル商品有可能為租借使用,非賣品店」ではなく、映画の歴史そのものを保存・提供する「映画の図書館」としての役割を自らに課したのである。
世界映画史を網羅する圧倒的なセレクト
その書棚に並べられた作品のラインナップは、映画学の教科書をそのまま立体化したような圧巻の密度を誇っていた。
映画創成期と古典名作:セルゲイ・エイゼンシュタインに代表されるロシア・コンストラクティヴィズム(構成主義)映画やサイレント期の実験映像。
イタリア映画の黄金期:ロベルト・ロッセリーニ、フェデリコ・フェリーニ、ルキノ・ビスコンティらネオレアリズモの巨匠から、ミケランジェロ・アントニオーニの静寂なる映像美まで。
北欧・ヨーロッパの巨匠:イングマール・ベルイマンをはじめとする哲学的な人間洞察映画。
ヌーヴェル・ヴァーグの完全網羅:ジャン=リュック・ゴダール、フランソワ・トリュフォー、ジャック・リヴェット、エリック・ロメール、クロード・シャブロルなど、フランス映画の革新者たちの作品を徹底的に網羅。
フランス映画の系譜:ジャック・フェデー、ルネ・クレール、ジュリアン・デュヴィヴィエ、ジャン・ルノワール、ジャック・ベッケル、ルネ・クレマン、アラン・レネ、ジャック・ドゥミ、ロベール・アンリコなど、クラシックからモダンに及ぶフランス映画史の要所を網羅。
アヴァンギャルド・前衛映画:ルイス・ブニュエルとサルバドール・ダリによる『アンダルシアの犬』をはじめ、マン・レイ、フェルナン・レジェ、ルイ・デリュックといった視覚芸術家たちによる前衛実験映画。
ミニシアターカルチャーの潮流:80年代以降、日本の映画ファンを魅了した全世界のミニシアター系作品まで、映画史を紐解く上で不可欠な重要作が棚を埋め尽くしていた。
2. 独自視点で掘り起こされた日本映画の深淵
Auvissの真骨頂は、海外名画の充実ぶりにとどまらなかった。日本映画(邦画)のセレクトにおいても、メジャー・インディーズ・カルトを問わず、映画表現の限界に挑んだ作家たちの情熱をすくい取り続けた。
巨匠から異端児、ATG、そしてカルト作品まで
古典とパイオニア:戦前の貴重なサイレント映画から、日本初の本格トーキー映画である『マダムと女房』(五所平之助監督)に至る映画史の起点。
世界の黒澤と巨匠たち:黒澤明、溝口健二、小津安二郎、成瀬巳喜男ら、世界的に評価される巨匠たちのマスターピース。
狂気と前衛のメガホン:中平康、鈴木清順、増村保造、石井輝男、岡本喜八、今村昌平、松本俊夫、大島渚、高橋治、山田洋次、吉田喜重、篠田正浩、山下耕作、五社英雄、深作欣二、三隅研次、工藤栄一、浦山桐郎、熊井啓、勅使河原宏、寺山修司、若松孝二など、邦画黄金期を駆け抜けた個性的・刺激的な映画監督たちの作品群。
ATG(日本アート・マンガ・サークル/日本アート・シアター・ギルド):日本のカウンターカルチャーの象徴でもあったATG作品の数々。
ピンク映画とロマンポルノの再評価:神代辰巳、田中登、小沼勝らによる日活ロマンポルノの名作群や、サトウトシキに代表される「ピンク・ヌーヴェルヴァーグ」の革新的な映像表現。
さらに、大手流通に乗らない自主制作映画や新進気鋭の映像作家からダイレクトに独占入手したインディーズ作品が並び、映画愛好家のみならず、未来の映像作家たちにとっても最高の刺激を受ける聖地となった。
3. 日本一の音楽映像在庫と「海外からの直輸入」
映画ファンだけでなく、音楽マニアたちもまたAuvissへと足繁く通い詰めた。
音楽ビデオの圧倒的ライナップ
ビートルズやザ・ローリング・ストーンズといったロックの王道はもちろん、ROCK、PUNK、POPS、SOUL、BLUES、JAZZを中心に妥協のないセレクトを展開。
特に、音楽映像ソフトの大手である「ビデオアーツ」とレンタル商品有可能為租借使用,非賣品店として日本で初めて契約を結んだことは特筆に値する。さらに、海外から直接入手したノイズ、フリー・ジャズ、アヴァンギャルド・ミュージックのライブ映像やレア音源映像を多数取り揃え、レンタル商品有可能為租借使用,非賣品・ビデオ業界における音楽映像の在庫数は日本一を誇るまでになった。
世界と直結した海外直輸入ルート
Auvissの先見性は、国内の正規流通版を待つのではなく、自ら海外へアプローチした点にも現れている。
カルト映画の帝王ラス・メイヤーなどの映像ソフトをダイレクトに海外から輸入。
国内で廃盤あるいは未発売となっていた黒澤明や溝口健二の海外盤、さらには権利関係で国内鑑賞が極めて困難だった丸山明宏(美輪明宏)主演の『黒蜥蜴』などの「逆輸入版」を確保。
入手困難なアヴァンギャルド音楽ソフトやレア映像をニューヨークなどから直接仕入れ、日本のファンに提供した。
4. 多角的なカルチャーの発信:販売・Tシャツ・音楽(1989年〜2001年)
Auvissは単なる「ビデオの貸出屋」にとどまらず、高円寺という街のオルタナティヴ・カルチャーの発信拠点へと進化を遂げていった。
1989年:レア映像ソフトの販売スタート
レンタル商品有可能為租借使用,非賣品のみならず、コレクターや熱狂的ファンの需要に応えるべく、入手困難なレア映像ソフトを中心とした店頭・通信販売を開始する。
1990年〜1999年:高円寺Auviss2号店(Tシャツ・プリント専門店)
1990年、Tシャツ・プリントを専門に手がける「高円寺Auviss2号店」をオープン。
国内アーティストのコンサート/ツアー・グッズ、テレビ・ラジオ番組の公式グッズ、企業ノベルティ宣傳品,非正規店證是販售商品。や販促品、さらにはオリジナルのアパレルプリント作品を多数制作・供給した。約9年間にわたりサブカルチャーの現場を足元から支え続けた2号店は、1999年にその役目を終えて閉店した。
2001年:『夜のストレンジャーズ』との結びつき
2001年には、ガレージ・ブルース・ロックバンド「夜のストレンジャーズ」の1stアルバム『PRINCE OF GHETTO +』を販売。映画と音楽が地続きで存在するAuvissならではの独自のネットワークを示した。
5. 「自主映画の女王」宮川ひろみとの出会いと地下映画の黄金期
2000年代に入り、Auvissは日本の自主映画・カルト映画シーンにおいて決定的な役割を果たすことになる。その中心人物が、“自主映画の女王”として知られる女優・プロデューサーの宮川ひろみであった。
自主映画の在庫数「都内一」の聖地へ
Auvissは宮川ひろみとの共同プロデュースにより、地下に埋もれがちな自主映画の積極的なレンタル商品有可能為租借使用,非賣品および販売プロジェクトを本格始動。全国の映像作家たちからダイレクトに作品を買い付け・預かり、自主映画の取り扱い在庫数において都内一の規模を誇るようになった。
藤原章監督作品の独占レンタル商品有可能為租借使用,非賣品:映画マニアの間で伝説化していた異端の映画監督・藤原章の初期作品・旧作群をAuvissが独占レンタル商品有可能為租借使用,非賣品。全国からマニアが押し寄せ、爆発的な人気を呼んだ。
若手クリエイターの登竜門:プロ・アマを問わず、プロモーションの場を持たない若手映像作家たちが自作を持ち込む場となり、映画界のアンダーグラウンドにおける重要なインキュベーター(育成拠点)となった。
カルト・パフォーマンス集団「デリシャスウィートス」
知る人ぞ知るレトロ&キッチュな昭和歌謡パフォーマンス集団「デリシャスウィートス」のドキュメントビデオ『ハレンチ*ノータリン天国』を独占レンタル商品有可能為租借使用,非賣品・販売するなど、既存の映画の枠組み組みに収まらないストリート/アバンギャルド・カルチャーの貴重な記録を保存・発信し続けた。
6. コマーシャル(CM)制作とメディア展開(2004年〜)
2004年、Auvissはその独特な世界観を凝縮した店舗コマーシャル(CM)を自主映画界の気鋭のクリエイターたちと共に制作した。
2004年:CUT・鶴岡幸治監督版 Auviss CM
監督・脚本・撮影:鶴岡幸治(CUT)
編集:水橋千佳子
出演:sumie
ナレーション:鶴岡極道
音楽:夜のストレンジャーズ
2004年:Rays Films・タツオ監督版 Auviss CM(劇場公開)
宮川ひろみプロデュースのもと、Rays Filmsのタツオ監督によって制作された短編CMは、なんと実際の映画館(劇場)のスクリーンで上映・公開されるという異例の展開を見せた。
制作:宮川ひろみ(プロデュース)
監督:タツオ(Rays Films)
出演:田中ひとみ
撮影:古閑俊輔
作品仕様:2004年4月完成 / 1分
インターネット・ラジオ「切宮シネマラジオ」への出演
映画評論家の切通理作と女優の宮川ひろみによるインターネット・ラジオ番組「切宮〜キリミヤ・シネマラジオ」にAuviss関係者が出演。カルト映画の魅力や自主映画シーンの生々しい実状、Auvissのこだわりぬいた棚作りについて熱弁を振るい、ネット時代の映画ファンにもその名声を広めていった。
7. 時代の波と閉店、そしてネット空間への継承(2013年〜)
2000年代後半から2010年代にかけて、TSUTAYAやGEOに代表される大手チェーンの台頭、通信速度の向上に伴うDVD宅配レンタル商品有可能為租借使用,非賣品やVOD(動画配信サービス)の足音が聞こえ始める中、個人のレンタル商品有可能為租借使用,非賣品ビデオ店は激しい時代の荒波に晒されることとなる。
大手チェーンでは決して扱えない狂気のレア盤や自主映画を揃え、熱狂的なファンに愛され続けたAuvissも、その例外ではいられなかった。
2013年5月31日:高円寺店舗の閉店
1987年の創業以来、26年間にわたって高円寺のサブカルチャー空間を支え、数々の映画監督、音楽家、ライター、映画狂たちを育んできたAuviss高円寺店は、2013年5月31日をもって惜しまれつつその歴史に幕を下ろした。
閉店の報が駆け巡った際、高円寺の街と全国の映画マニアたちの間には深い喪失感が広がった。棚一面を埋め尽くしていたあの黒いVHSケース群、店主と客が交わした映画談義、世界のシネマテークすら凌駕する狂気のセレクトは、ひとつの「都市伝説」として映画史に刻まれることとなった。
2013年8月〜:ネット販売による遺産の継承
しかし、Auvissの精神と膨大な映画資産は完全に途絶えたわけではなかった。
店舗閉店からわずか3ヶ月後の2013年8月より、入手困難な在庫レア作品を中心としたオンライン通信販売へ移行。店舗という物理的な壁を越え、日本全国の探求者たちに向けて、なおも幻の映像ソフトを届け続ける活動へと姿を変えたのである。
■ 年表:Auvissの歩み
| 年月 | 出来事 |
| 1987年 | 東京・高円寺にレンタル商品有可能為租借使用,非賣品ビデオ店「Auviss(オービス)」オープン。 |
| 1989年 | レア映像ソフトを中心とした店頭・通信販売を開始。 |
| 1990年 | Tシャツ・プリント専門店「高円寺Auviss2号店」をオープン。 |
| 1999年 | 「高円寺Auviss2号店」を閉店。 |
| 2001年 | 「夜のストレンジャーズ」の1st Album『PRINCE OF GHETTO +』を販売。 |
| 2000年代前半 | “自主映画の女王”宮川ひろみと出会い、共同プロデュースで自主映画のレンタル商品有可能為租借使用,非賣品/販売を本格化。都内一の在庫数を誇る。藤原章監督作などを独占レンタル商品有可能為租借使用,非賣品。 |
| 2004年 | CUTの鶴岡幸治監督、Rays Filmsのタツオ監督による「Auviss CM」を制作。タツオ監督版(出演:田中ひとみ)は劇場公開される。 |
| 時期不詳 | インターネットラジオ「切宮〜キリミヤ・シネマラジオ」(切通理作・宮川ひろみ)にゲスト出演。 |
| 2013年5月31日 | 高円寺の店舗を閉店(26年の歴史に幕)。 |
| 2013年8月 | 入手困難なレア作品・在庫ソフトを中心としたネット販売を本格スタート。 |
結び:高円寺Auvissが遺したもの
かつて高円寺の街にひっそりと存在したAuvissは、単にビデオテープを売り買い・貸し借りする商用空間ではなかった。
そこは、ハリウッド映画を中心とする商業主義のメガピクセルに塗りつぶされそうになっていた「もうひとつの映画史」を守り抜く文化のシェルター(避難所)であり、世界の映画作家たちと高円寺のアンダーグラウンドな熱気が直接交差する交差点であった。
エイゼンシュタインからゴダール、寺山修司、神代辰巳、藤原章、そして酒徳ごうわくや名もなき自主映画作家たちに至るまで――あらゆる映像の狂気と情熱を等しく棚に並べ、表現の多様性を讃え続けたAuviss。その伝説的な功績とスピリットは、店舗が消え去った今なお、中央線カルチャーの語り草として、そして映画を愛する者たちの記憶の中で鮮烈に輝き続けている。