2005年4月の入手から21年3ヶ月が経過した古い「初期 鼠小僧(黒×白反射×クリア)」
オークション初出品の名作であり、当方が所有する最後の1枚で御座います。
出品ステッカーは、1974年発行の「毎日グラフ」に特集記事が掲載されたおりに
「鼠小僧 二輪部」のメンバー諸兄が愛車に貼っておられた金看板で御座います。
(6枚目~10枚目の画像をご参照ください)
なかでも「黒×白反射×全面クリア」の本作は発見入手がきわめて困難な激レア品です。
光があたると白い文字やワクの部分が反射して浮き出してみえる高級な反射ステッカー。
(1枚目と3枚目と5枚目の画像をご参照ください)
反射ステッカーは「夜間でもチーム名をハッキリ読みとれる」という観点から人気を博し、
1960年代~1970年代のチームは挙って(こぞって)反射ステッカーを制作しました。
これこそが「チームと看板に誇りを持っていた」古きよき時代の自己主張だったといえるでしょう。
また、出品ステッカーは表面の保護をPP加工(ラミネート加工)ではなく、
ステッカーの全面に透明インク墨水為液體,無法國際運送,請下標前注意。(クリア)を印刷して表面を保護するという
古典的技法が用いられた激レアバージョンで御座います。
なんとも言えない「なまめかしい質感」もたまらない魅力であります。
21年あまりにもわたりグラシン紙に包んだうえで箱に入れて大切に暗所保管しておりましたが、
古い品ゆえ 経年による「微妙な縮み」「ヤレ感」「ヨレ」「圧し痕」「小キズ」などが御座います。
「縮み」という面では 「経年による非常によい味わい」が出ている品だと感じますが、
経年を考えますと「ミント状態」ともいえる非常に良いコンディションの品だと感じます。
ヤフオクやヤフーフリマ、メルカリなどで氾濫しております「部外者が自作したマガイモノ」ではありません。
また、1980年代~四国のマニアにより乱造乱発された「空想上のステッカー」でも御座いません。
わたくしが子供のころ(昭和30年代)にはレーシングカーを「競争自動車」と呼んでいました(^0^)
世田谷の雄「鼠小僧(ねずみこぞう)」は1968年(昭和43年)創設の古豪チームです。
チーム結成の2年後1970年(昭和45年)に二輪部が創設されました。
江戸時代の義賊「鼠小僧(ねずみこぞう)次郎吉」からの命名と伝えられる伝説のチーム「鼠小僧」
治郎吉の義侠心と、江戸の町の屋根から屋根へ身軽に飛び回るカッコよさ
これらをイメージし、あやかっての命名だったとのことです。
若い世代の方々には「鼠小僧」のネーミングは浸透していないかもしれませんが、
わたくしたち熟年世代にとりましては、まさに憧れのチームでした。
カミナリ族時代からの伝統を誇り、「走り」にたいしての徹底的なこだわりを持つ競争型チーム。
1968年(昭和43年)に世田谷のカーマニア5人が集まって結成され、二輪部は1970年に創設。
初期「関東連合」の中心チームであった「鼠小僧」ですが、「ジェロニモ」「小次郎」らとともに
連合内でもグループ間の抗争や縄張りには興味を示さず、ただただ過激な走りに熱中。
「他のチームでは鼠にはついていけない」といわれたほどのドライビングテクニックを誇りました。
昭和50年(1975年)に行なわれた「サーキット族リーダー座談会」において、
「マッドスペシャル」全盛期の当時のアタマSm氏が
「ねずみ(鼠小僧の通称)が全盛のころ、オレずいぶんひっぱたかれた。
あんな悪いチームあるかと思ったね」と回想されたほど、
初期の「鼠小僧」は走りのみならず強大なパワーを誇ったチームでした。
21年あまりにもわたり大切にコレクションしていた「1枚物コレクション」の放出です。
わたくしに代わって大切にしてくださる御仁のご参加をお待ち申しあげております。