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66027 千変万化の稀石 アレキサンドライトキャッツアイ9.53ct PT900リング 光芒一閃、2.28ctダイヤと歩む修練の道  

  • 商品數量
    1
  • 起標價格
    19,800,000円
  • 最高出價者
    / 評価:
  • 開始時間
    2025年12月22日 23時37分(香港時間)
  • 結束時間
    2025年12月29日 23時37分(香港時間)
  • 拍賣編號
    p1041958140
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66027 美しい大粒アレキサンドライトキャッツアイ9.53ct 絶品ダイヤモンド2.28ct 最高級Pt900無垢セレブリティリング #11 15.7G 23.3mm

ご入札をご検討いただき、誠にありがとうございます。
これは単なる宝飾品ではございません。一つの物語であり、哲学であり、これから人生の荒波に漕ぎ出す、すべての勇敢なる魂に捧げる護符(アミュレット)でございます。
長文となりますが、このジュエリーが宿す本当の価値をご理解いただくため、しばし私の拙い筆にお付き合いいただければ幸いです。

序章:鎌倉の山房にて

鎌倉の奥座敷、谷戸の湿った空気が濃密に漂う一角に、その庵はあった。苔むした石段、風雪に耐えた茅葺の門、そして主の名を示す「巌山房(がんざんぼう)」と彫られた古びた木の表札。主の名は北大路巌山(きたおおじ がんざん)。陶芸の世界では、その名を畏敬と、そして幾ばくかの困惑をもって語られる孤高の巨人であった。彼の作る器は、土の魂を荒々しいまでに引きずり出し、炎の記憶を刻み付けたような、凄まじいまでの生命力に満ちていた。しかしその性格は、作品以上に荒々しく、狷介孤高(けんかいここう)。美と食に対しては神をも恐れぬ物差しを振りかざし、気に入らぬものは、たとえ王侯貴族の依頼であろうと木っ端微塵に罵倒する。そんな男であった。
その日、巌山房の土間に、不似合いなほどに磨き抜かれた革靴が踏み入れた。男はまだ三十路に入ったばかりだろう。上質なスーツを身に纏い、緊張でこわばった面持ちでたたずんでいる。銀座に本店を構える、創業百年を超える老舗宝飾店「銀宝堂」の若き専務、小野寺直哉であった。
「……何の用だ。若造」
薄暗い土間の奥、ろくろの前に座した巌山が、土を捏ねる手を止めずに言った。その声は、窯の底から響いてくるかのように低く、重い。
「北大路先生。突然の訪問、お許しください。本日は、先生に是非ともご高覧いただきたい品がございまして」
「品だと? 俺は骨董屋でもなければ、質屋の番頭でもない。貴様らの店の、きらきら光るだけのガラス玉なぞに興味はない。失せろ」
ガラス玉などと…!これは、そういう類のものではございません。父が、父が申しておりました。『物の真贋を見極めたくば、巌山先生の眼を借りよ。先生が首を縦に振らぬものなぞ、この世に存在する価値はない』と」
直哉の言葉に、巌山の捏ねる手がぴたりと止まった。彼はゆっくりと立ち上がると、土のついた手をごしごしと前掛けで拭いながら、ぬっと直哉の前に立った。熊のような巨躯。剃り上げた頭、鷲のような鋭い眼光が、射抜くように若者を見据える。
「…銀宝堂の先代か。あの好々爺も、まだ生きとったか。あやつは、まだ物の味が分かる男だった。お前はどうだ? そのスーツを着飾り、油で撫でつけた髪をし、見るからに甘っちょろい顔をしおって。女の尻でも追いかけて、シャンパンでも煽っているのが関の山だろう」
「……」
「まあいい。親父の顔に免じて、見てやる。だがな、つまらん物だったら、その品ごと叩き割って、貴様の喉にねじ込んでやるから、そう思え」
巌山の恫喝に、直哉はごくりと喉を鳴らした。しかし彼は怯むことなく、恭しく懐から桐の箱を取り出し、巌山の前の作業台に置いた。箱は、ただの桐箱ではなかった。数百年を経た神代杉(じんだいすぎ)であろうか、深く沈んだ色合いと、幽玄な木目を持っていた。
巌山は、その箱を一瞥しただけで、ふん、と鼻を鳴らした。
「箱だけは、一丁前だな」
彼は無造作に蓋を開けた。中に敷かれた真綿の上に、その指輪は鎮座していた。
瞬間、巌山の呼吸が止まった。
庵の薄暗い光の中で、それは生物のように静かな光を放っていた。中央に据えられた、巨大な宝石。深い、深い森の湖を思わせる緑色。その表面はぬらりとして、奥底が見えない。まるで、覗き込む者の魂を吸い取ってしまいそうな、妖しいまでの深淵。
「…ほう」
巌山の口から、感嘆とも呆れともつかぬ声が漏れた。彼は指輪をつまみ上げ、陽の光が差し込む窓辺へと歩を進めた。

第一章:千変万化の魂

「アレキサンドライト…それも、キャッツアイか」
巌山は、指輪を光にかざしながら呟いた。9.53カラット。途方もない大きさだ。常ならば、これほど大きな石は大味になりがちで、どこか品位に欠けるものだが、これは違う。凝縮された宇宙が、そこにはあった。
窓から差し込む昼の光を浴びて、石の緑は一層その深みを増す。ピーコックグリーンとでも言うべきか。しかし、ただの緑ではない。わずかに青みを帯び、奥底にはスモーキーな影が揺らめいている。それはまるで、雨上がりの苔寺の庭、あるいは夜明け前の原生林の静寂そのものだった。
「先生、いかがでしょうか。ロシアのウラル山脈で奇跡的に採掘された、最上の…」
「黙れ、若造」
巌山は直哉の言葉を遮った。
「物の声を聞くときに、余計な講釈は無用だ。石が、自ら語りかけてくるわ」
巌山は指輪をゆっくりと回転させた。すると、石の表面に、すうっと一条の白い光の帯が現れた。猫の瞳孔のように鋭く、それでいて絹糸のようにしなやかな光。シャトヤンシー効果、いわゆるキャッツアイだ。この光は、石の奥に無数に存在する、針状のインクルージョンによって生まれる。欠点ともいえる内包物が、奇跡的な光を生み出す。巌山は、そこに宇宙の摂理を見る思いだった。
「ふん。面白い。欠点を美に変えるか。まるで人間そのものだな」
巌山は、今度は庵の奥、灯りの灯った薄暗い場所へと指輪を運んだ。囲炉裏のそばに吊るされた、裸電球のほの赤い光。その光が指輪に当たった瞬間、信じられないことが起こった。
あれほど深く、静謐な緑色だった石が、まるで命を得たように、その色を変えたのだ。燃え上がるような、赤紫。熟した葡萄酒の色であり、夕焼けの最後の輝きであり、そして、流れ落ちる血の色でもあった。緑から赤へ。昼の顔から、夜の顔へ。その変色はあまりに劇的で、妖艶で、見る者を慄然とさせるほどの迫力があった。
「千変万化(せんぺんばんか)…」
巌山は思わず呟いた。
「昼の理性の緑、夜の情念の赤。二つの魂を一つの石に宿すか。なんともまあ、業の深い石だことよ」
彼は指輪を矯めつ眇めつ眺め続けた。中央の巨大なアレキサンドライトキャッツアイを支えるのは、最高級のプラチナ、Pt900の無垢の台座。ずっしりとした重みが、巌山の陶芸家の指に心地よい。そして、その主石を取り囲むように、二重の光輪が設えられている。
内側には、小粒ながらも寸分の狂いもなくセットされたラウンドブリリアントカットのダイヤモンド。外側には、放射状に、まるで後光が差すかのように、無数のバゲットカットダイヤモンドが隙間なく敷き詰められている。総計2.28カラット。ダイヤモンドたちは、主役である中央の石の引き立て役に徹しながらも、それぞれが氷のような、あるいは星屑のような冷徹な輝きを放ち、アレキサンドライトの妖しい色合いを一層際立たせていた。
「このデザイン…アールデコのようでいて、もっと野性的だ。バゲットダイヤの直線的な輝きは、まるで光芒一閃(こうぼういっせん)。混沌の中から迸る理性か。あるいは、感情の嵐の中に見出す、一条の希望か…」
巌山は、長い沈黙の後、ようやく直哉の方を振り返った。
「で、この化け物をどうするつもりだ。まさか、店の金庫にしまい込んで、時々取り出してはにやにや笑うためではあるまい」
直哉は、居住まいを正して深く頭を下げた。
「…婚約指輪として、お譲りしたい方がおります」
「婚約指輪だと?」
巌山の眉が、ぐっと吊り上がった。
「馬鹿を言え。こんな代物を、まだ世の酸いも甘いも知らぬ小娘の指にはめようというのか。この石が持つ意味を、お前は分かっているのか!」
巌山の声が、庵に響き渡った。

第二章:最も相性の悪い相手

「先生、私は、彼女を心から愛しております。彼女も、私を。私達は、何でも話せる。趣味も、価値観も、まるで合わせ鏡のようにぴったりと合うのです。これ以上ないほど、相性の良い二人だと、確信しております」
直哉は、少し頬を染めながら、しかしはっきりとそう言った。その言葉を聞いた巌山の顔が、みるみるうちに険しくなっていく。次の瞬間、雷鳴のような怒声が直哉を打ちのめした。
「この、ど素人がァッ!!」
巌山は、持っていた指輪を作業台に叩きつけるように置いた。
「相性が良いだと? それがどうした! そんなものは、恋愛ごっこの戯言に過ぎん! お前は、夫婦というものを、何も、何一つ分かっておらん!」
直哉は、あまりの剣幕に言葉を失った。
「いいか、若造。よく聞け。世の人間は、皆、勘違いしておる。結婚相手、生涯を共にする配偶者というものはな、この世で最も相性の良い相手と結ばれるのではない。むしろ逆だ! この世で最も、最も相性の悪い相手と結ばれるのが道理なのだ!
巌山の言葉は、常識を根底から覆す、異端の響きを持っていた。直哉は、ただ呆然と巌山を見つめる。
「俺は陶芸家だ。土を捏ね、火と語らい、器を作る。同じ性質の、よく馴染む土同士をいくらこね合わせたところで、できるのは面白くもなんともない、凡庸な器だけだ。だがな、性質の全く違う土…例えば、粘り気の強い信楽の土と、ざらついた砂気の多い伊賀の土。これを無理やり練り合わせ、一つの塊にする。当然、水分の含み方も、乾燥の仕方も、焼いたときの収縮率も違う。反発しあい、せめぎ合う。ろくろの上でも言うことを聞かん。乾燥させればひびが入り、窯に入れれば、爆ぜてしまうかもしれん」
巌山は、作業台の上の、焼成前の歪な形の壺を指さした。
「だがな、そのせめぎ合いの中から、奇跡が生まれることがある。それぞれの土が、己にないものを補い合い、反発しあう力が、かえって歪で、しかし強靭な形を生み出す。そして、炎の中で焼かれることで、二つの土が溶け合い、思いもよらぬ『景色』が生まれる。片方の土だけでは決して生まれなかった、深い味わいと、用の美が宿るのだ。これこそが、夫婦だ!」
巌山は、今度は囲炉裏の鉄瓶に目をやった。
「食い物も同じだ。甘いだけの菓子など、三日で飽きる。しょっぱいだけの漬物など、食えたものではない。甘味、塩味、酸味、苦味、渋味、辛味、そして旨味。これらの味は、それぞれが全く違う性質を持ち、時には反発しあう。だが、腕の立つ料理人は、その相反する味を巧みに組み合わせ、ぶつけ合わせ、一つの皿の上で調和させる。苦味があるから甘味が引き立ち、酸味があるからこそ味が締まる。その複雑なせめぎ合いの果てに、魂を揺さぶる至高の一皿が生まれるのだ。相性の良いだけの食材を煮込んだだけの鍋が、人を感動させられるか!」
巌山の言葉は、熱を帯びていた。それは、彼が長い人生と、創作活動の中で掴み取った、揺るぎない哲学だった。
「いいか、若造。お前は、お前の婚約者とやらを、まだ何も知らん。彼女もお前のことを何も知らん。今見えているのは、互いにとって都合の良い、表面的な部分だけだ。これから何十年という歳月を共に過ごす中で、お互いの醜さ、弱さ、狡さ、理解しがたい価値観、決して許容できぬ癖、そういったものが、腐った泥のように次から次へと噴出してくる。趣味が合う? 笑わせるな。金の使い道で揉め、子供の育て方で罵り合い、親の介護で憎み合う。それが夫婦というものだ」
巌山は、一度言葉を切り、ごくりと茶を飲んだ。
「その、『相性の悪さ』こそが、お前たちを成長させる砥石なのだ。自分とは全く違う価値観を持つ他者と、どう向き合うか。相手を理解しようと、もがき苦しむ。自分の正しさを疑い、相手の理屈に耳を傾けようと努力する。その果てに、許すことを覚え、受け入れることを知る。その苦しい、地獄のような日々の格闘こそが、『修行』なのだ。そして、その修行こそが、我々がこの不条理な世界に生まれてきた、たった一つの意味なのだ。安穏と、仲良く、楽しく暮らすためだけに生まれてきたと思うな。人間は、苦しむために、そしてその苦しみの中から何かを掴み取るために、この世に生を受けるのだ」
直哉は、巌山の言葉の一つ一つを、まるで彫刻刀で心に刻み込まれるかのように聞いていた。相性が良いから結婚する。それは、なんて浅はかで、傲慢な考えだったのだろう。

第三章:修練の道標

巌山は、再び指輪を手に取った。その目は、先ほどよりも一層深い光を宿していた。
「この指輪を、もう一度よく見てみろ」
彼は、指輪を直哉の目の前に突きつけた。ほの暗い電球の光の下で、石は禍々しいまでの赤紫色に輝いている。
「このアレキサンドライトキャッツアイはな、まさにお前たちがこれから歩む『夫婦道』そのものを体現しておる。昼の光の下で見せる、理知的で穏やかな緑の顔。それは、お前たちが今見ている、互いの『良い顔』だ。穏やかな日常、愛を語り合う甘い時間。だがな、夜になり、二人きりになり、人生の困難という名の灯りの下に置かれた時、この石は本性を現す。燃え盛る情念の赤、嫉妬の赤、怒りの赤、そして悲しみの血の色だ。お前たちは、これからこの石のように、昼と夜で全く違う顔を相手に見せ、そして相手の違う顔を見ることになる。それに耐えられるか?」
「…」
「そして、この中央を貫く、猫の目のような一条の光。光芒一閃。これは何だか分かるか? これは『理(ことわり)』だ。あるいは『覚悟』と言ってもいい。どれだけ色が変わり、嵐が吹き荒れ、互いを憎み合うようなことがあっても、決して見失ってはならない、一本の道筋。夫婦であり続けるという、揺るぎない覚悟の光だ。この光さえ見失わなければ、お前たちは道に迷うことはない」
「覚悟の…光…」
「そうだ。そして周りを見ろ。この無数のダイヤモンド。2.28カラット。この無色透明の輝きは、一体何だと思う?」
巌山は、悪戯っぽく笑った。
「これは、涙だ」
「涙…?」
「そうだ。これからお前たちが流す、無数の涙だ。嬉し涙もあろう。しかし、それ以上に、悔し涙、悲しみの涙、怒りの涙、分かり合えない絶望の涙を、数えきれないほど流すことになる。その一つ一つの涙が、このダイヤモンドのように、お前たちの関係性を磨き上げ、清め、そして中央の石…つまり、お前たちの魂を、より一層深く、美しく輝かせるのだ。涙なくして、夫婦の輝きはない。この指輪は、涙を流すことを覚悟した者だけが、持つことを許される」
巌山の言葉は、もはや宝石の解説ではなかった。それは、人生の奥義を語る、老師の説法そのものであった。
「この指輪のデザインがいつ生まれたものか、俺は知らん。だが、これを作った職人は、ただ美しいものを作ろうとしたわけではあるまい。おそらく、人生の地獄を見てきた男だ。この放射状に広がるバゲットダイヤの配置。これは、着飾るためのデザインではない。これは『結界』だ。外部からの災厄を防ぎ、そして、内なる二人の魂が、あまりの激しい衝突で砕け散ってしまわぬようにと張られた、祈りの結界だ。そして、このPt900の、冷たく、重い感触。これは、背負うべき人生の重さそのものだ。この重さから逃げずに、指にはめ続けられるか、と問いかけてくる」
巌山は、指輪をそっと直哉の掌に乗せた。ずしり、とした重みが、直哉の覚悟を試すかのようにのしかかる。
「若造。お前にとって、婚約とは何だ?」
「…それは、生涯を共にすると、誓うことです」
「違う」
巌山は、きっぱりと首を振った。
「この指輪を彼女に贈るということはな、『私は、君という人間を、生涯かかっても完全には理解できないだろう。君と私は、おそらく最も相性の悪い二人だ。だからこそ、私は、一生をかけて君を理解する努力を続けることを誓う。君の醜さも、弱さも、すべて引き受け、その度にお互い傷つきながらも、共に修行の道を歩んでいきたい』…そう誓うことだ。お前に、その覚悟があるか?」
直哉は、掌の中の指輪を見つめた。
それは、もはや単なる宝飾品ではなかった。
それは、昼の顔と夜の顔を持つ、一つの生命体だった。
それは、これから始まる長く、険しい道のりの道標だった。
それは、流されるであろう無数の涙の結晶だった。
それは、決して逃れることのできない、人生の重さそのものだった。
彼の脳裏に、婚約者の笑顔が浮かんだ。彼女の、自分がまだ知らないであろう、別の顔を想像した。これから二人で乗り越えねばならない、であろう、数々の困難を思った。怖気づきそうになる自分を、掌の重みが引き留める。
やがて直哉は、顔を上げた。その目には、先ほどの甘さは消え、深く、澄んだ決意の色が宿っていた。
「…はい」
彼は、はっきりと、しかし静かに答えた。
「その覚悟、あります。この指輪は、私たちが一生をかけて挑むべき、偉大な課題です。彼女と共に、この石が示す修練の道を歩んでいきます」

終章:祝いの肴

その答えを聞いて、巌山は初めて、その険しい顔に満足げな笑みを浮かべた。それは、まるで雪解けのように、厳しくも温かい笑みだった。
「…ふん。少しは、男の顔になったじゃないか」
彼はそう言うと、囲炉裏のそばの棚から、自らが作ったであろう、歪で力強い徳利と、二つのぐい呑みを取り出した。ぐい呑みの一つは、まるで溶岩が冷え固まったかのような黒。もう一つは、月の光を閉じ込めたような、静かな青白い色をしていた。
「祝いだ。一杯やれ」
巌山は徳利に並々と酒を注ぎ、黒い方のぐい呑みを直哉に差し出した。
「肴は…そうだな」
彼は、小さな壺の中から、ねっとりとした黒い塊を小皿に取り出した。磯の香りが、ぷんと鼻をつく。
「このわた(海鼠腸)だ。食えるか?」
「…はい。いただきます」
「この苦味と、強烈な塩気。これが、酒の甘みを引き立てる。そして、お前のその甘っちょろい頭を、しゃっきりとさせてくれるだろう。人生とは、こういうもんだ。この苦味と塩気の中から、ほんのわずかな甘みを見つけ出す。それが、生きるということの醍醐味よ」
直哉は、黒いぐい呑みで酒をあおり、このわたを口に含んだ。強烈な海の味が、口の中に広がる。しかし、その奥に、確かに芳醇な旨味と、酒の甘みが感じられた。
二人は、言葉もなく、しばらく酒を酌み交わした。
作業台の上では、主を得た指輪が、まるで満足したかのように、静かに、しかし力強く、一条の光を放ち続けていた。それは、これから始まる壮絶で、しかし、かけがえのない人生の、確かな道標のように見えた。
巌山房の夜は、静かに更けていった。


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