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【出品物について】
九谷 民山窯 名工 任田徳次 彩雲楼 旭山 赤絵金彩人物漢詩文 徳利
になります。
お写真の徳利、1本の出品になります。
箱はございません。
12時間水を張り、目視、触れての点検を行いましたが水漏れ商品可能會漏水,請下標前詢問清楚且注意。 はございません。
茶筅はサイズ比較として、映っております。出品物ではございません。
幕末から明治初期にかけて活躍した任田徳次(彩雲楼旭山)の徳利になります。
なかなか出回らない珍しい品のため、任田徳次の略歴を追記させていただきます。
【任田徳次】
文政元年(1818)〜明治10年(1877)
春日山窯、民山窯の陶画工であった徳田屋徳右衛門(1792~1873)の子で、陶技を父に習った後、民山窯の陶工として赤絵細描の技法に手腕を発揮しました。
「彩雲楼旭山」あるいは「九谷旭山」と号しました。
金沢の民山窯が弘化元年(1844)頃に廃窯したのち、加賀藩最後の藩主 前田慶寧が、慶応3(1867)、殖産興業のため卯辰山山麓に藩窯「陶器所並陶器竃」を興したとき、徳次は内海吉造と共に従事しました。
その藩窯が明治維新により閉じたので、徳次は、同窯を譲り受け、向山窯と称して自営で操業を続け、呉須赤絵写しのほか、赤絵細描、染付による日用品を主に作陶しました。
明治2年(1869)、阿部碧海が興した阿部碧海窯の絵付工場にも一時従事しました。また東京に出て作陶したことも知られています。
後年の作品には割模様に文様を様々な絵の具で描き、余白部を赤地金彩とする作品がありました。
門下に女婿の初代 諏訪蘇山、春名繁春などがいました。
以上になります。
【サイズについて】
おおよそになります。
高さ 約19.5cm
底径(高台) 最大 約6.3cm
口径(注ぎ口)最大 約2.6cm
【状態について】
非常に緻密な柄で、時代物としては状態は良いです。
金彩や赤絵の部分にかすれた部分や色むらがございます。
徳利の口の部分はおそらく注ぎ口として、ひねりが加わっております。
一点追記したい点として、
・高台部分に、カタカナで「ト」の、おそらく墨での文字が記載されております。
全体のお写真を掲載しておりますので、じっくりご観察の上、ご入札のほどよろしくお願い申し上げます。
トラブル無いよう、表現等わかりづらい点に関しては、ご質問にてお気軽にお声掛けくださいませ。
【発送方法】
ゆうパックサイズ60(沖縄/北海道を除き全国送料一律700円)
※沖縄1.300円 北海道1.600円※
【お支払い方法】
Yahoo!かんたん決済
【その他】
この度はご覧下さり有難うございます。
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過去にヤフオク出品経験多数ございます。ご安心くださいませ。
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ノークレームノーリターンでのお取引をお願い致します。
傷も含めた商品状態の記載、写真撮影に努めますが、古物のため細かな状態に感して表現しきれない点もあるかと存じます。
ご覧いただく環境での多少の見た目の相違や使用感も含め、時代物の一品としてのご理解の程、何卒宜しくお願い申し上げます。
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