イクイノックス(欧字名:Equinox、2019年3月23日 - )は、日本の競走馬・種牡馬[1]。
キタサンブラック産駒として東京スポーツ杯2歳ステークスを制し、初の重賞制覇を果たした。その後天皇賞・秋連覇やジャパンカップなど、GI・6連勝を達成した。2023年にはワールド・ベスト・レースホース・ランキングにおいてエルコンドルパサーのレーティング134ポンドを超える日本調教馬最高の135ポンドを獲得し、日本調教馬として史上2頭目[注釈 1]の同ランキング単独1位となった[8][9]。馬名の意味は「昼と夜の長さがほぼ等しくなる時」[10]。
主な勝ち鞍は2022年・2023年の天皇賞(秋)連覇、2022年の有馬記念、2023年のドバイシーマクラシック、宝塚記念、ジャパンカップ。
2022年・2023年のJRA賞年度代表馬、2023年のワールドベストレースホースである。
2025年6月16日、顕彰馬に選出された[11]。
血統・デビュー前
キタサンブラックの初年度産駒である。GIを7勝し、演歌歌手・北島三郎が実質的なオーナーである事からも注目を浴びた父を持ち、母はマーメイドステークスを制覇したシャトーブランシュ。その父は高松宮記念を制覇したキングヘイローである。
2019年3月23日、北海道安平町のノーザンファー※請確認是否動物毛皮。動物毛皮製品屬於華盛頓條約条約牴觸物品,無法國際運送。ムで誕生。一口馬主法人シルクホースクラブから総額4000万円(一口8万円×500口)で募集され[10]、ノーザンファー※請確認是否動物毛皮。動物毛皮製品屬於華盛頓條約条約牴觸物品,無法國際運送。ム早来で育成。厩舎長の桑田裕規によると、距離適性と馬体の成長面、父がキタサンブラックということもあり当時の目標としては父の制した菊花賞が据えられていた[12]。その後、美浦トレーニングセンターの木村哲也厩舎に入厩した。
戦績
2歳(2021年)
デビュー前に木村の自厩舎所属騎手に対するパワーハラスメントの一件で略式命令を受けたため、JRAから調教停止処分を受けた事に伴い、2021年7月29日から10月31日まで岩戸孝樹厩舎に一時転厩している[13][14]。従って後述の新馬戦は岩戸厩舎所属馬としてデビューしている。
2021年東京スポーツ杯2歳ステークス
8月28日、新潟競馬場 (芝 1,800m) での2歳新馬戦でデビュー。クリストフ・ルメールを鞍上に迎えたレースでは、好位のインに控え直線で先頭に立ってサークルオブライフ、ウィルソンテソーロなど後続を突き放し、2着に6馬身差をつけ優勝した[15]。本馬が見せた末脚は、長距離向きと見ていたノーザンファー※請確認是否動物毛皮。動物毛皮製品屬於華盛頓條約条約牴觸物品,無法國際運送。ムの桑田を驚かせた[12][16]。
木村厩舎に戻って初戦となる11月20日の東京スポーツ杯2歳ステークス (GII) では1番人気に支持されると、レースでは新馬戦と異なり後方馬群で待機、直線では上がり3ハロン32秒9の末脚で各馬を差し切って無傷の2連勝で重賞初制覇を果たすと共に、キタサンブラック産駒の重賞初制覇となった[16][17]。
3歳(2022年)
春クラシック競走
2022年東京優駿
予定通りトライアル競走を用いず[18]、3歳初戦として中147日のローテーション[注釈 2]で皐月賞に出走。前年のJRA賞最優秀2歳牡馬であるドウデュース、無敗で共同通信杯を制したダノンベルーガに次ぐ3番人気に推された。レースでは大外枠から中団につけ、勝負どころで好位の3番手につけ最後の直線へ。抜群の手応えで一度は他馬を突き放したが、最後は外から同厩舎のジオグリフに差され2着に敗れた[19]。鞍上のルメールは「休み明けだったけど、すごくいい競馬はできた。外枠もあって壁を作れなかったけど、勝ち馬は作れたからね。でもダービーはビッグチャンスだと思う」と振り返った[20]。
続いて、5月29日に行われた東京優駿(日本ダービー)に出走。皐月賞4着のダノンベルーガに次ぐ2番人気に推された。道中は後方3番手からレースを進める。最後の直線ではメンバー最速の上がり3ハロン33秒6の末脚で追い込むも勝ち馬ドウデュースにはクビ差及ばず、皐月賞に続いて2着に敗れた。鞍上のルメールは「直線は勝ち馬をマークして外に出して追いだしたら、(相手が)伸び返す形になってしまったかな」と振り返った[21]。
天皇賞・秋
2022年天皇賞(秋)
次走として天皇賞(秋)に出走することを表明した。東京優駿出走後の左前脚のダメージについては、経過は良好とした[22]。
映像外部リンク
2022 天皇賞(秋)
レース映像 jraofficial(JRA公式YouTubeチャンネル)による動画
10月30日、予定通り天皇賞(秋)に出走。1番人気に推され、好スタートを切ると、前半1000メートルを57秒4で通過するというハイペースで大逃げを図ったパンサラッサを追う形で馬群の中団を追走。最後の直線に入って鞍上のルメールがムチを入れると、逃げ粘るパンサラッサをゴール寸前で後方(ルメール曰く、パンサラッサとの差は約15馬身はあった)からやはりメンバー最速の上がり3ハロン32秒7という末脚を発揮し差し切って勝利[23]。GI初勝利を飾った。天皇賞(秋)の3歳馬の勝利は前年のエフフォーリア以来2年連続、史上5頭目。キャリア5戦での天皇賞(秋)制覇は史上最短、前年のホープフルステークスから続いていた平地GI競走の1番人気の連敗記録を16連敗で止めるなど、記録ずくめの勝利となった[24][25]。キタサンブラック産駒はGI初制覇で、史上4組目の天皇賞(秋)父子制覇を達成した[24]。レース後、インタビューでルメールは「春はアンラッキーだったけど、今日は本当のイクイノックスを見せることができた」「今回が彼の最初のGIですが、これが最後ではない。改めてこれからもGI取れると思います」とコメントした[26]。
有馬記念
2022年有馬記念
次走として有馬記念に出走すると表明した[27]。ファン投票でも多くの票を集め、第1回中間発表、第2回中間発表で共に3位の票数を獲得し[28][29]、最終結果発表でも294,688票を集め3位となった[30]。
映像外部リンク
2022 有馬記念
レース映像 jraofficial(JRA公式YouTubeチャンネル)による動画
12月25日、予定通り有馬記念に出走。単勝2.3倍の1番人気に推された[31]。レースがスタートすると、タイトルホルダーを先頭にそれを追う形で馬群中団のやや後方を追走。3コーナー手前の辺りで外めにつけて動き始め、4コーナーを回って持ったまま上昇。最後の直線に入ってムチを入れると加速していき、他馬の追随を許さず優勝。3歳馬の有馬記念制覇は前年のエフフォーリア以来2年連続、史上21頭目。3歳馬の天皇賞(秋)、有馬記念制覇は前年のエフフォーリア以来2年連続、史上3頭目。キャリア6戦での有馬記念制覇は史上最短。キタサンブラックとの父子制覇を達成した[32][33]。なお、2着に菊花賞2着のボルドグフーシュが入り、3歳馬がワンツーフィニッシュを飾った。これは1994年ナリタブライアン(1着)→ヒシアマゾン(2着)以来28年ぶりで、1984年以降では2例目となった[34]。
翌年1月17日、国際請注意日本當地運費,確認後再進行下標。競馬統括機関連盟が「ロンジンワールドベストレースホースランキング」を発表した。イクイノックスは天皇賞(秋)と有馬記念の勝利と、年度代表馬に選出された功績が評価され、オーストラリアのネイチャーストリップに並ぶレーティング126ポンド、第3位タイに位置付けられた。なお、1位にアメリカのフライトライン、2位にイギリスのバーイードが選定されているが、両者共に既に引退しているため、現役の競走馬としては世界最強馬に認定された[35][36]。
ドゥレッツァ(欧字名:Durezza、2020年4月24日 - )は、日本の競走馬[1]。2023年の菊花賞の勝ち馬である。
馬名の意味は、激しさ、厳しさ(音楽用語)。父名より連想[2]。
戦績
2歳(2022年)
9月19日、中山競馬場第6レースの2歳新馬戦(芝2000m)で、クリストフ・ルメールを背にデビューし3着。約2か月後、ルメールとの再コンビで挑んだ東京競馬場の2歳未勝利戦で、のちの重賞馬サトノグランツを下して初勝利を収めた。
3歳(2023年)
1月のセントポーリア賞より始動する予定だったが、蹄の不安で回避[7]。復帰戦となった4月の山吹賞(1勝クラス)で2勝目を挙げた。結局春クラシックには間に合わなかったものの、続く6月のホンコンジョッキークラブトロフィー(2勝クラス)、8月の日本海ステークス(3勝クラス)も勝利してオープンクラスに昇格した。
迎えた10月22日、主戦のクリストフ・ルメールに戻り、初の重賞・初のGI挑戦としてクラシック三冠最終戦の菊花賞に出走。レース前は皐月賞馬ソールオリエンス、ダービー馬タスティエーラ、トライアルの神戸新聞杯を制したサトノグランツに次ぐ4番人気に支持された。17頭立ての大外17番からスタートすると、1周目の3~4コーナーで一度ハナに立たった。2周目の向正面からはパクスオトマニカとリビアングラス易碎品限空運,非易碎品可使用海運。 の2頭を行かせて好位に待機し、直線で一気に抜け出すと、最後は2着タスティエーラに3馬身半差をつけ圧勝。初勝利から5連勝、また1990年のメジロマックイーン以来となる重賞初挑戦での菊花賞制覇を達成した[8][9]。さらに、皐月賞馬とダービー馬の両方を下しての菊花賞制覇はナリタトップロード以来24年ぶりとなった[注 1][10][11]。
4歳(2024年)
3月10日の金鯱賞より始動。1番人気に支持されたが、4角で外を回るロスを最後まで取り戻せず、前年覇者プログノーシスから5馬身差の2着に敗れた[12]。続いて、4月28日の天皇賞(春)に出走。序盤は積極的なレース運びを見せるも、3コーナー手前から手応えが悪くなり、そのままズルズルと後退。2番人気の期待を大幅に裏切る15着に惨敗した。気温30度を超える当日のコンディションの影響で軽い熱中症の症状が確認されたほか[13]、その後の検査で右第1指骨を剥離骨折していたことが判明した[14]。全治3ヶ月の診断で休養入りとなった[15]。復帰戦は8月22日、イギリスのヨーク競馬場で行われたG1・インターナショナルステークスが選ばれた。道中は好位から3番手で直線を向いたが伸びを欠いて5着に終わる[16]。帰国後は福島県のノーザンファー※請確認是否動物毛皮。動物毛皮製品屬於華盛頓條約条約牴觸物品,無法國際運送。ム天栄で休養し[17]、10月に帰厩後、ジャパンカップに出走。ウィリアム・ビュイックを鞍上に7番人気でスタートすると中団追走から向正面で一気に先頭に出ると、直線で外から伸びてきたドウデュースにかわされるも、しぶとさを見せて内にいたシンエンペラーと2着同着となる[18]。レース後に右前脚に腫れが出るなどしたため有馬記念は回避した[19]。
5歳(2025年)
4月5日、ドバイのメイダン競馬場で開催されたドバイワールドカップデーのドバイシーマクラシックに出走。スタートから3番手で進め、直線で先行馬をかわすが、勝ったダノンデサイルに差され3着[20]。帰国後は宝塚記念に出走。折り合いもつき、作戦通り前半にためをつくっていけたが、得意ではない稍重の馬場の影響もあり3コーナーで内にモタれてしまうなど9着に終わる[21]。