「野獣死すべし」これは最高の作品だよ。屁こきながらめっちゃ笑った!いつか見なきゃと考えつつも、今まで何となく長い面白くなさそうという理由で避けていたけど、こんなに笑える映画とは思わなかった。今では活動屋になってしまった道山風に言えばこれってコメディなんですよ。小説は読んでないけど絶対こんなストーリーじゃないのはわかる。もう演技が舞台演劇のパロディぽくて、鹿賀丈史とサシで意味ありげなことを長々言うくだりも死ぬほど笑えてコントかよ!と、唐突に戦場カメラマンが負ったトラウマの話になって知らないよとなったり、もう見るからに異常な松田優作がただ佇んでいるだけで意図せず笑えて不審者そのもので誰も通報しないのが不自然。クラシックを流したり、高尚ぽく見せようと頑張ってるんだけど、結局松田優作の野獣そのものの過剰すぎる演技になってしまう。松田優作を尊敬してると言う俳優は多いけど、そんな役者ばっかりだから邦画とかドラマは何かと意味もなくああああああああ!とか絶叫する演技ばかりになっちゃったんじゃないか。やっぱり優作以外はああいった演技は許されない。「ディア・ハンター」(高倉健が絶賛しようが最悪の駄作)から臆面もなくパクったロシアン・ルーレットのシーンもオリジナルを超えた。小林麻美も瀬戸内少年野球団の佐倉しおりみたいな死神のような風貌でお世話になったことはないけど綺麗で、あと銀行の受付の女優が妙に綺麗だった。デ・ニーロを尊敬する松田優作。歯を抜けばいい問題じゃない。でも優作が真剣に演じれば演じるほど笑ってしまう。本当に竹中直人のモノマネそのもので。鹿賀丈史といい室田日出男といい泉谷といいトビー門口といい佐藤慶といい安岡力といい脇役がまた豪華で濃すぎて、今の邦画に足りないのはこの濃さだな~と考えた。さてKADOKAWAから発売された日本版4K盤は、つまらないお笑い芸人の誰得オーディオコメンタリーが収録されていて、やる気と敬意のなさが伺えるけれど、こちらの英国Radiance盤は丁寧な仕事で、ちゃんと監督の村川透と脚本家の丸山昇一のインタビュー映像を新録しているのが素晴らしい。ハリウッド映画に出てくる出っ歯メガネのイメージが長年あった脚本家の丸山昇一の老け具合にびっくりした。本当に日本の努力する方向が間違ってるメーカーは爪の垢を煎じて飲むべきだ。しかもインタビュアーの(MIDORI SUIREN)(睡蓮みどり)ってどっかで聞いた名前と思ったら榊英雄監督の映画に出演してしまって日本版MeToo問題の渦中にいた人か。しかもこのブルーレイにも協力した映画評論家のTom Mesと結婚してた。
「野獣死すべし」は、1980年に公開された村川透監督、松田優作主演の映画として、今なお多くの観客に強烈な印象を残し続けている作品です。この映画は、単なる犯罪アクションやハードボイルドの枠を超えて、戦後の日本社会が抱え込んだ深い闇と、人間存在の根源的な狂気を赤裸々に暴き出す異様な輝きを放っています。原作である大藪春彦の小説とは明確に異なる道を歩みながら、むしろその離脱こそが本作の最大の魅力であり、独自の芸術的価値を生み出しているのです。
物語は、元戦場カメラマンの伊達邦彦という男を中心に展開します。彼はベトナムや中東などの紛争地で無数の死と破壊を目の当たりにし、帰国後、翻訳の仕事に身を潜めながらも、心の奥底で野獣のような衝動を抑えきれなくなっていきます。ある夜、警視庁の刑事を襲って拳銃を奪い、秘密賭博場を血の海に変え、三千万円を強奪する。続いて大学の同窓会で出会った真田という男を仲間に引き入れ、銀行強盗を実行に移します。真田は伊達と同じく、内に秘めた狂気を爆発させるタイプの人間であり、二人は互いを触媒として、さらに深い破滅へと突き進んでいきます。
松田優作の演技は、この映画全体を貫く最大の核です。彼は役作りのために10キロ以上痩せ、奥歯を抜いて頬をこけさせ、顔色を死人のように蒼白く仕上げました。その結果、生まれた伊達邦彦は、ただ佇んでいるだけで異様な存在感を放ち、周囲の空気を凍りつかせます。松田はこれまでのキャリアで培ってきたクールでスタイリッシュなイメージを完全に捨て去り、無表情の仮面の下に潜む狂気を、静かな視線と微かな身振りのみで表現しました。特に印象的なのは、深夜の列車内で刑事に語りかける「リップ・ヴァン・ウィンクル」のくだりです。淡々とした口調で語られる言葉が、実は底知れぬ絶望と嘲笑に満ちていて、観る者の背筋を凍らせるのです。このシーンは、松田優作の演技が単なる技術ではなく、魂の叫びとして結実した瞬間と言えるでしょう。
一方で、鹿賀丈史が演じる真田は、伊達とは対照的な熱量を持っています。伊達が冷徹で計算高い野獣であるのに対し、真田は感情が爆発寸前の火薬庫のような男です。銀行強襲の場面で、彼が機関銃を乱射しながら恍惚とした表情を浮かべる姿は、観客に純粋な恐怖と同時に、奇妙な興奮を与えます。この二人の対比が、映画にダイナミックな緊張感を生み出しています。室田日出男演じる刑事・柏木は、執拗に伊達を追う執念の塊として機能し、物語に現実的な重みを加えています。彼の追跡は、単なる職務遂行ではなく、狂気に染まった男を止めるための必死の抵抗として描かれ、映画に道徳的な緊張を織り込んでいます。
脚本を担当した丸山昇一の仕事も見逃せません。彼は原作の骨子である「エリートが完全犯罪を企てる」という枠組みだけを残し、主人公の動機を戦場トラウマに置き換えました。これにより、物語は単なる犯罪サスペンスから、戦後日本の精神的荒廃を映す鏡へと変貌します。伊達の狂気は、ベトナム戦争という遠い出来事がもたらしたトラウマとして描かれ、当時の日本人が抱えていた「平和ボケ」と「内なる暴力」の矛盾を象徴しています。丸山の台詞回しは、時に観念的で長大でありながら、それが逆に不気味な説得力を持っています。鹿賀丈史が伊達にマインドコントロールされるような長ゼリフの場面は、まるで舞台演劇のパロディのようでありながら、観客を笑わせつつも同時に戦慄させる二重性を備えています。
映像面では、仙元誠三の撮影が際立っています。暗く陰影の強いライティング、突然のスローモーション、クラシック音楽の挿入など、すべてが計算し尽くされたスタイルで統一されています。特にロシアン・ルーレットのシーンは、マイケル・チミノの「ディア・ハンター」から着想を得ながらも、オリジナルを超える緊張感と残酷さを達成しています。銃口が回され、引き金が引かれる瞬間の静寂と爆発の対比は、映画史上に残る名場面です。また、銀行強襲の混乱の中で、小林麻美演じる華田令子が巻き込まれ、伊達に射殺される場面は、冷徹なまでの無常さを描き出しています。小林麻美の死神のような佇まいと、銀行受付の女性の美しさが、映画に不思議なコントラストを与えています。
脇役陣の豪華さも、この映画の大きな魅力です。泉谷しげる、佐藤慶、安岡力、風間杜夫、岩城滉一、前野曜子など、当時の日本映画界を代表する俳優たちが、濃密な演技で画面を埋め尽くします。彼らの存在が、物語に厚みとリアリティを与え、単なる狂気の肖像画ではなく、社会全体の病理を描く作品に仕上げています。特に、室田日出男の刑事としての執念深さと、鹿賀丈史の狂気的な熱演が、松田優作の静かな狂気を引き立て、互いに高め合っています。
この映画が笑いを誘う瞬間があるのも事実です。伊達がただ佇んでいるだけで不審者そのものに見えたり、唐突にトラウマの話が挿入されたり、過剰な演技が舞台劇のパロディのように感じられたりするのです。しかし、その笑いは決して軽薄なものではなく、狂気に対する人間的な防衛反応であり、同時に作品の深層にある虚無を浮き彫りにするものです。松田優作が真剣に演じれば演じるほど滑稽に見えてしまう現象は、彼の演技が常軌を逸した領域に達している証左です。多くの俳優が彼を尊敬し、真似しようとした結果、邦画やドラマで意味のない絶叫が氾濫したという指摘は、的を射ています。あの過剰さは、松田優作だからこそ許されるものであり、他の誰がやってもただの自己陶酔に堕ちてしまうでしょう。
近年、英国のRadiance Filmsから発売されたブルーレイは、本作の価値を再確認させる優れた仕上がりです。新たに収録された村川透(監督)と丸山昇一(脚本家)のインタビュー映像は、作品の背景や制作意図を直接的に伝えてくれます。特に、丸山昇一の老境の姿は、かつての鋭い感性がどう変化したのかを教えてくれるもので、感慨深いものがあります。一方、日本版の4K盤に収録されたお笑い芸人によるコメンタリーは、作品に対する敬意の欠如が露呈しており、残念ながらやる気のなさが目立ちます。海外盤の丁寧な仕事ぶりは、日本の映画会社が学ぶべき点が多く、努力の方向性さえも間違っている現状を痛感させます。
「野獣死すべし」は、単に面白い映画ではなく、観る者を深く揺さぶり、時には笑わせ、時には戦慄させる、極めて危険で魅力的な作品です。松田優作の遺産として、そして日本映画の異端として、これからも語り継がれていくでしょう。この映画を観た後、人はしばらく放心状態になり、自分の内側に潜む「野獣」の気配を探ってしまうのです。それこそが、本作の本質的な力なのです。
日本におけるユサク・マツダの影響力と根強い人気を測るには、東京の書店に行けば十分だ。映画コーナーに行けば、少なくとも棚の半分は彼の写真集、エッセイ、追悼本、伝記で埋まっている。玩具店では、彼の代表作を元にしたヴィンテージ古董商品,有可能客製化、修改、換過零件,請下標錢注意。から最新のアクションフィギュアや人形が並んでいる。
神保町の数多くの古本・中古ビデオ店では、何千ものカラフルなビデオボックスの中からマツダの作品を簡単に見分けられる。彼の作品が入ったボックスは、他のどの作品よりも明らかに2倍は高価だからだ。
ユサク・マツダはまさに現象だ。1989年に39歳という若さで亡くなったことで、彼は世界がジェームズ・ディーン、スティーブ・マックイーン、ブルース・リーに与えるような神格化された不死性を手に入れた。これらの巨匠との比較は、見た目、演技の幅、クールな男らしさ、アクションへの適性という点で、複数の意味で正当である。
しかし、マツダは母国日本以外ではほとんど知られていない。彼の不運は、日本映画産業が世界からほぼ忘れ去られていた時代にスターになったことにある。1980年代は、欧米の視点から見ると日本映画史上最も軽視された時代だった。過去の時代に活躍した三船敏郎、菅原文太、高倉健、美保純子らは当然のように国境を越えて称賛されているが、マツダの仕事は、西洋人がほとんど足を踏み入れない日本映画の埃っぽい地下室に埋もれたままだった。
それでも彼の知名度の低さはパラドックスだ。世界中の何百万人もの人々が、リドリー・スコット監督の日米ノワール刑事スリラー『ブラック・レイン』(1989年)での滑りやすい悪役サトーとしての最後のスクリーン演技を見ているからだ。この役は彼のキャリアの例外中の例外と言える。
反逆的なヒーローを演じる際、彼の長身、荒々しくもクールで彫刻のような顔立ちは、先輩たちにはなかった男らしさとセクシャル・アピールを彼に与えていた。三船敏郎、高倉健、菅原文太が全盛期にどれほど圧倒的なカリスマ性を持っていたとしても、女性を失神させるような魅力や、脚本家が「彼が女の子を手に入れてフェードアウトさせるべき」と決めるような要素はほとんどなかった。
下関で、日本本州最西端に生まれたマツダの幼少期は、彼のような人物にふさわしい謎に包まれている。まず出生の問題がある。公式記録では1950年9月21日生まれだが、家族は1年前の同じ日に生まれたと主張している。一部の報道では、彼は遊郭で生まれたとも言われる。10代の頃、数年間サンフランシスコの叔母の元で暮らしていたが、反日感情を逃れるために日本へ戻ったとも伝えられている。帰国後、東京で演劇を学び、1972年に名門文学座に入団した。
俳優としてのマツダの物語は、その1年後に始まる。人気テレビシリーズ『太陽にほえろ!』(1972-1986)でのデビューだ。前任の若手スター萩原健一に代わり、彼はデニム姿がトレードマークの反抗的な若手刑事を演じ、先輩刑事たちから「ジーパン」というあだ名をつけられた。保守的な先輩たちは元日活のアイドル石原裕次郎が率いていた。この役で彼は一気にブレイクしたが、同年に出演したホラー映画『狼の紋章』や青春ドラマ『友達』(1974年)はあまり印象を残せなかった。
ジーパン役は以降数年間、彼のイメージを決定づけたが、初期のフィルモグラフィーを詳しく見ると驚くほど多様な役柄を演じている。特に注目すべきは、ATG製作『龍馬暗殺』(1974年)での吉原浩二との助演だ。監督の黒木和雄は、黒木和雄の著書『映像作家 黒木和雄の世界』の中で、若き俳優との初対面をこう記している。「彼は『太陽にほえろ!』の撮影中で、現場で話した。彼はほとんど言葉を発しなかったが、その存在感とカリスマ性に驚いた」。
1980年10月4日、角川春樹製作、村川透監督、松田優作主演、大藪春彦原作の『野獣死すべし』が日本全国の劇場で公開された。
当時私は高校2年生で、映画に目覚めたばかりの初心者だった。しかし今、60代になっても、あの衝撃を鮮明に覚えている。この映画の話題が出るたびに、同じ時代に同じ経験をした映画ファンと熱い議論になる。
『太陽にほえろ!』(1972-1986)でジーパン刑事を演じた1973〜1974年頃から、松田優作は常にワイルドで皮肉屋、時にコミカルなキャラクターで知られていた。特に村川透とのコラボレーション『最も危険なゲーム』(1978年)、『殺人遊戯』(1978年)、『処刑遊戯』(1979年)、『蘇える金狼』(1979年)でその特徴が顕著だった。
また、テレビシリーズ『探偵物語』(1979-1980)での飄々とした態度が全国に彼の名を轟かせ、今でも松田優作のイメージはこのシリーズと強く結びついている。
しかし『野獣死すべし』では、あのチャーミングなオーラは完全に消えていた。
振り返ると、『蘇える金狼』も大藪春彦原作を基にしながら、原作とは劇的に異なる結末を持っていた。原作から大胆に離脱する姿勢は『処刑遊戯』にも見られ、前の2作のコミカルな要素を完全に捨て、クールでハードボイルドな方向に集中した。
角川の『薔薇の標的』(1980年)での松田の奇妙なカメオ出演や、『探偵物語』の最終話のグロテスクな展開も、ファンが終映後も席を立たなかった理由の一つだ。
原作小説と1959年の初映画化(菅原文太主演、須川栄子監督)は戦後日本の光と闇に強く影響を受けていたが、1980年当時、その光と闇はすでに遠い過去となっていた。ベトナム戦争後の『タクシードライバー』(1976年)などと共通する部分はあるが、日本映画としては極めて稀で独自の作品と言える。
日本において、そして今でも松田優作のイメージは『太陽にほえろ!』と強く結びついている。しかし『野獣死すべし』では、そのチャーミングな魅力は完全に消え去っている。
振り返ると、『蘇える金狼』も大藪春彦の原作を基にしながら、原作とは劇的に異なる結末を持っていた。原作から大胆に離脱する姿勢は『処刑遊戯』にも顕著で、前の2作にあったコミカルな要素を完全に捨て去り、クールでハードボイルドな語り口に集中した。
また、角川の『薔薇の標的』(1980年)での松田の奇妙なカメオ出演や、『探偵物語』の最終話に見られたグロテスクな展開も、ファンが終映後も席を立たなかった理由の一つだろう。
『野獣死すべし』を撮影する前に、松田は10キロ痩せ、さらには奥歯4本を抜いてまで、殺人鬼のようなやつれた姿を目指したと聞いたとき、私は『処刑遊戯』よりもさらに残酷で過激な作品になる予感がした。
しかし実際に劇場で『野獣死すべし』を観たとき、その想像をはるかに超えていた。「本当にこんなハードボイルドな作品が存在するのか?」という当時の宣伝文句は、もはやハードボイルドという言葉では収まりきらないほどだった。これは物議を醸した作品であり、戦場の狂気に魅せられた男が、都市の喧騒の中で戦場を再現する物語だった。原作小説とも1959年の初映画化(須川栄子監督、中谷一郎主演)とも大きく異なり、戦後日本の光と闇の影響を色濃く受けていた過去の作品群とは一線を画していた。
角川春樹が、当時角川映画の責任者として、親会社である角川書店の出版物を映画で売り込むというメディア融合戦略を始めた頃、彼は原作小説と映画を別個のものだと考えていた。テレビCMでは「先に読むか、先に観るか?」や「映画は原作にかなうか?」といったキャッチーなスローガンで購買意欲と観賞意欲を煽ったが、映画が原作と違っても構わないという姿勢だった。だからこそ、丸山昇一の大胆な脚色に対してOKを出したのは角川春樹だった。
当時、角川映画はブロックバスター映画の連続製作という戦略の限界に差し掛かっており、より機動的なジャンル映画の少量生産へとシフトしようとしていた。それが『野獣死すべし』が『刑事物語』(『日本警視庁の恥を言われた二人刑事珍道中』、1980年)と二本立てで公開された背景だ。
二本立て上映の難点は、どちらかの上映時間が長すぎると1日の上映回数が減ってしまうことだ。『刑事物語』(97分)は一貫して明るいドタバタ喜劇だったのに対し、『野獣死すべし』(118分)は極端なまでのネガティヴさで、観客の反応は二分した。その結果、興行収入は9億円(当時のレートで約400万ドル)と、角川映画としては平凡な数字に終わった。
角川春樹は、完成した映画の結末が丸山の脚本と違っていたことに激怒した。また、最初の完成版が2時間20分あったため短縮を要求したが、村川透監督はこれを拒否し、以後角川映画とは二度と組まなかった。
残念ながら、この作品は村川透と松田優作の最後のコラボレーションでもあった。しかし二人は暗黙の了解を持っていたようだ。松田は従来のアクションスターの枠組みから抜け出し、新しい道を探求したかった。一方、村川はエンターテインメントとしての映画にこだわり続けたかった。
その後、松田は役柄を二度と同じにしないという強い姿勢で俳優としての研鑽を続け、鈴木清順の『陽炎座』(1981年)、森田芳光の『家族ゲーム』(1983年)、自身が監督・主演した『愛・ホーンマンス』(1986年)など、多様な作品に出演した。最終的にリドリー・スコットの『ブラック・レイン』(1989年)でハリウッドスターの仲間入りを果たしたが、その頃にはすでに癌に蝕まれていた。
そして『野獣死すべし』から9年後、村川透が監督したテレビ映画『追跡者』に出演した後、1989年11月6日、放送からわずか1ヶ月後に39歳でこの世を去った。
『野獣死すべし』には、松田優作以外にも注目すべき点が数多くある。例えば、伊達の共犯者・真田を演じた加賀美武は、劇団四季を退団後初の映画出演だった。彼は『ジーザス・クライスト・スーパースター』でのイエス役で称賛された後、1981年には篠田正浩監督の角川映画『悪霊島』にも出演。現在も『デスノート』や三池崇史の『忍者キッズ』など、ベテラン俳優として映画・テレビで活躍している。
ヒロイン・令子を演じた小林麻美は、歌手からモデルに転身した長身の美女で、当時その異様な美しさで人気だった。本作が映画初出演で、1980年代に歌手として復帰し、「雨音はショパンの調べ」で大ヒットを記録した。
刑事・柏木を演じた室田日出男は、1960年代の東映ヤクザ映画から頭角を現し、深作欣二、佐藤純彌、石井隆といった巨匠たちに重用された独特の存在感を持つ俳優だ。
撮影面では、仙元誠三の撮影、三輪光夫の照明、今村勉の美術が抜群で、田島昭彦によるジャズを基調としたスコアはクラシックやフラメンコまで取り入れた見事な音楽性を持っている。なお、劇中のクラシックコンサートシーンの指揮者は、村川透の実兄である指揮者の村川千秋である。
増田竜也は『キネマ旬報』寄稿者で、日本映画に関する数冊の著書を持つ。黒澤明作品の俳優インタビュー集や佐藤純彌監督の評伝(野村雅秋との共著)などがある。元『宇宙船』編集者で、現在はスタンド.fmで毎日映画番組を配信している。
しかし結局、私はいつも松田優作に戻ってしまう。彼のほとんど宗教的で神話的な存在感は、野獣以上に獰猛で、見る者に戦慄を与えるが、同時に奇妙に惹きつける。もし自分が「もう一方の側」に行ったらどうなるのか――その悪夢のような誘惑の快楽は、今でも、初見からほぼ半世紀経った今でも、私の心にこびりついている。