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ご覧いただきまして、ありがとうございます。 藤田嗣治画伯の名品、リトグラフ・「まどろみの少女」の出品です。 作家名 藤田嗣治 題名 まどろみの少女 サイン 鉛筆サインあり 技法 リトグラフ(石版画) 制作年 1964年 用紙 洋紙 イメージ 12 x 9cm ペーパー 19.5 x 14.5cm 形態 シートのみ(額縁は付きません) 工房 Draeger Frres Paris(ドレジェ・フレール パリ) ※ 版画(シートのみ)だけの出品です。額縁は装着しません。飾られる場合はお好みの額縁に装着してください。作品はレターパックプラスで厚紙に版画を挟んで、安全に郵送させていただきます。レターパックプラスは対面受取・受領印有で追跡サービス可能です。 商品説明 ■作品について 世界的なエコール・ド・パリの巨匠、藤田嗣治(レオナール・フジタ)による1964年制作のリトグラフ作品「まどろみの少女」です。 本作は、藤田の代名詞とも言える「面相筆」を思わせる繊細な輪郭線と、少女の意思の強さを感じさせる独特の眼差しが見事に表現されています。晩年の藤田が到達した、静謐で慈愛に満ちた世界観が凝縮された小品です。 ■藤田嗣治にとっての「少女」とは 藤田嗣治(レオナール・フジタ)にとっての「少女」は、単なる絵のモチーフを超えた、彼の精神世界を象徴する重要な存在でした。 特に晩年の藤田にとって、少女は以下のような意味を持っていたと考えられています。 1. 汚れなき「無垢」と「聖性」の象徴 藤田が描く少女は「純真無垢」の象徴として描かれます。 彼は、少年にはどこか世俗的な汚れを感じる一方で、少女には「聖なるもの」を見出していました。晩年の宗教画において、少女がしばしば天使と同じような存在として描かれるのは、彼にとって少女が神聖な世界への入り口だったからだと言えます。 2. 画家自身の「心の自画像」 美術評論の中では、藤田は少女を「観察対象」としてだけではなく、「自分自身を投影する対象」として描いていたという説があります。 藤田の少女画には自らの孤独や純粋な魂を少女の姿に借りて表現していた、いわば「精神的な自画像」に近い側面があります。 3. 「乳白色」と「墨線」の結晶 技法面で見ると、少女は藤田の代名詞である「乳白色の肌」と「繊細な墨の輪郭線」が最も美しく調和するモチーフでした。 肌:** 透き通るような、押せば凹むような柔らかい質感。 瞳:** 少女特有の大きく、どこか物憂げで、すべてを見透かすような強い眼差し。 これらが組み合わさることで、藤田独自の「現実離れした、静謐な美」が完成されました。 この作品も、その鋭くも澄んだ眼差しや、繊細な手の表情に、藤田が追い求めた「無垢なる魂」が宿っているように感じられます。 「線とは単に外形をいうのではなく、物体の核心から探求されるべきものである」 —— 藤田嗣治 藤田にとって少女を描くことは、可愛らしい子供を描くことではなく、人間の中にある最も純粋な「核心」を描き出す作業だったのかもしれません。 ■版画工房 この版画を制作した版画工房のDraeger Frres(ドレジェ・フレール)は、20世紀のフランスを代表する伝説的な印刷・版画工房であり、出版社のひとつです。 当時のままの「版画工房(印刷所)」としての形態は1980年代に事実上終了していますが、**「Draeger Paris(ドレジェ・パリ)」**というブランド名で、現在もライフスタイル・ギフト・文具の企業として存続しています。 藤田嗣治はドレジェ・フレール工房と深い縁があり、彼らが制作した豪華なカタログや出版物には藤田の図版が使用された例もあります。 また、ドレジェはG.H.マム社のメニュー表や広告物なども多く手がけていたため、当時のパリの芸術界・社交界において、ドレジェ、マム、そして藤田といったプレイヤーたちは密接なネットワークの中にいました。 かつての「芸術家のための工房」としてのドレジェを懐かしむコレクターの間では、当時の刻印が入った古いカタログや版画は、今も美術品として非常に高く評価されています。 【注意事項】 新品ではございません。美術品の性質をご理解の上、ご入札をお願い致します。気になる点がございましたら質問欄よりご質問くださいませ。あくまで中古品ですので神経質な方のご入札はご遠慮いただき、ノークレーム・ノーリターン賣家不提供退貨賠償等責任 でのご入札をお願いいたします。よろしくお願いいたします。 >