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カルロス ポンセ CARLOS PONCE JRFPB COLLECTION B+DEADLOCKのTシャツです。野球をモチーフにしたキャラクターがプリントされており、背番号「7」がデザインされています。タグ付きの未使用品で、コレクションにもおすすめです。 【カラー】ネイビー系 【商品の状態】未使用 よろしくお願いいたします。(2026年 5月 17日 19時 16分 追加) 株式会社キャンビー(2026年 5月 18日 16時 05分 追加) レジェンド助っ人外国人シリーズ プロ野球助っ人外国人シリーズ(2026年 5月 18日 16時 07分 追加) 来日した1986年には、俊足選手を好んだ当時の大洋監督・近藤貞雄から重用され、高木豊・加藤博一・屋鋪要のスーパーカートリオに続く4番を務める。彼と同じく俊足で主に5番を打ったダグ・ローマンも合わせて「フリーウェイクインテット」と呼ばれ、賞賛された。同年は打率.322、27本塁打、105打点、18盗塁と素晴らしい活躍を見せたが、阪神タイガースのランディ・バースが前年に続いて三冠王となったため、無冠に終わった[5]。 守備面では当初、三塁手として起用されていたが、送球難と拙守で、シーズン27失策(三塁手として58試合で17失策)を記録。もともとは一塁手であり、マイナー時代にも三塁手としては31試合(11失策)出場したことがあるだけだった[6]。そのため、シーズン中盤に当時一塁手だった田代富雄が故障離脱すると、二塁手の山下大輔が三塁に回り、一塁を守るようになった。さらに外野手の加藤博一も離脱したため、外野へ回り、翌1987年からは正式に転向した。 1987年は打率.323、35本塁打、98打点とこれまた大活躍し、念願の打点王を獲得[5]。ベストナインにも選ばれた。また、159安打はこのシーズンの最多安打。 >